元料理長が教える 今さら聞けないHACCP講座

 

第8回 食材の鮮度、菌の鮮度

 

2019年2月4日

 

 

職業柄、テレビで流れてくる食や旅の番組を見ると、食品の衛生についてチェックをすることが癖のようになっています。その中で最近、「これを料理としてテレビで紹介してしまって大丈夫なのだろうか」と心配になるメニューがあります。鶏刺し(鳥刺し)です。「ここでしか食べられませんからねえ」なんていうレポーターのコメントに対して、「おいおい」と突っ込みを入れたくなります。

カンピロバクター食中毒は発生件数のトップ

 

フードサービスのプロならご存知の通り、鶏肉の生食が原因と思われるカンピロバクター食中毒が後を絶ちません。カンピロバクターは動物の腸管内に生息する細菌で、2017年にはカンピロバクターによる食中毒は320件で発生件数のトップとなっています。詳細が分かっている133件を調べたところ、95%が生または加熱不十分な鶏肉の関与が疑われています。(厚生労働省平成29年食中毒発生状況)

 

「うちの店だけは大丈夫」と思ってお客さんに生のまま出してしまうのでしょうか。だとすれば、その根拠はどこにあるのでしょう。厚生労働省の2014年の調査では、市販されている鶏肉の約4割がカンピロバクターに汚染されていました。農林水産省の2010年調査では、農場では陰性(汚染が確認されなかった)だったブロイラーの肉も、27%でカンピロバクターに汚染されていたとのことです。生産農場や処理場、検査方法による違いなどがあるにしても、高い割合だと思いませんか。

 

鶏肉はもともと、表面に付着した細菌が筋肉の中に入り込みやすい食材です。鶏ムネ肉をゆでると、子供でも簡単にほぐしたり、裂いたりすることができますね。筋線維が密ではなく、組織が軟らかいので、簡単にほぐれるのです。密度が低い分、隙間が多く、菌が筋肉の中に入っていきやすいのです。

 

加えて、カンピロバクターは少しの菌で食中毒が起きる可能性があります。食中毒菌の多くが10万から100万個の菌を摂取しないと発症しないと言われているのに対し、カンピロバクターは、海外では数百個程度の菌で発症した例があるそうです。

 

「鮮度が高い」は両刃の剣

寿司や刺身が「和食」の象徴と言われるように、日本は生食文化の国です。しかし、魚の生食と肉の生食を一緒にしてはいけません。鶏は十分な加熱によって初めて安全性を確保できる食材です。HACCPの考え方で言えば、鶏の刺身は、危害を排除できない食材を厨房に持ち込んだうえで、細菌が死滅させるコントロールをすることなく、料理をお客様に提供することになります。そのようなフローはとうてい許容できません。

 

このような反論をなさる方がいらっしゃるかもしれません。「いや、うちの店で出している鶏は鮮度がいいから大丈夫だ」と。食べる側も、「それなら大丈夫か」と納得しがちです。しかし、ここに落とし穴があります。

 

食材の鮮度がよいということは、その食材が汚染されている場合には、ウイルスや菌、寄生虫の鮮度もよいということではありませんか。そんな食品を、子供や、抵抗力の弱い高齢者が口にしたらどうなるでしょうか。

 

東京都の食品衛生情報サイト「食品衛生の窓」によると、カンピロバクター食中毒は、0~4歳と15~25歳の患者に多く報告されていて、入院治療をした症例は9歳以下の子供に多いとの集計もあるそうです。カンピロバクターに感染した場合、その後に、手足の麻痺や顔面神経麻痺、呼吸困難などを起こす「ギラン・バレー症候群」を発症する危険性があることが指摘されています。

 

これまで再三申し上げているように、これからの料理人の責務は、おいしくて安全な料理を提供することです。鶏の刺身が地域によっては郷土料理の一つになっているという文化的な経緯は理解しているつもりですし、生でおいしいものに火を入れたくないという、作り手としてのこだわりも分からないではありません。

 

しかし、食中毒を起こし、お客さんを苦しめては元も子もありません。それでもピンと来ない方は、一度、厚生労働省や自治体サイトの食品衛生に関するページをご覧になることをお勧めします。加熱用の鶏肉や鶏レバーを生で提供して食中毒を起こすことが、社会問題に等しい懸案になっている状況が分かっていただけるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

講師紹介

 

坂場一昭(さかば・かずあき)

坂場一昭(さかば・かずあき)

 

1952年1月東京生まれ。70年から調理の道に入る。京王プラザホテルを経て、80年にセンチュリーハイアット東京(現ハイアットリージェンシー東京)に入社。ガルドマンジェアシスタントシェフ、宴会シェフ、宴会厨房改修プロダクトマネジャーや調理部長、食品衛生担当課長などを歴任。日本エスコフィエ協会会員、全日本司厨士協会幹事会員。

 

 

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